鼻を利かせなよ

 

ついに引っ越しダンボールを全て空にし、業者に回収してもらった。もうすぐ引っ越してから1ヶ月。ようやく生活が落ち着いた。

窓の外やドアを開けると山々が見える生活にもだいぶ慣れた。実家に住んでいる時も北に山があったけれど、比べ物にならないくらいの山。山々。やたらと解像度が高い。青々としていて、天気がいい日なんかは雲の影が落ちている。朝の山は木々の匂いを運んでくる。明るくなり始めた空の下に見える色濃い緑は、どっしりとした存在感がある。それなのに夜は闇に飲まれてその存在感を消してしまう。そんな山々に、今住んでいるところは囲まれている。

山に囲まれている、ということは天気が変わりやすいということでもある。

引っ越してきたての頃、職場のおじいさんに「布団を干したまま職場に来てはいけませんよ、取り返しがつかないことになる」と言われた。ましてや季節は夏。特に今年はあちこちで大雨に見舞われたりしているくらい不安定な気候だ。みんな大変そうだなぁと思いながら気象情報を見る毎日。

そんな中先輩からかわいいチョコレート屋さんの話を聞いた。調べてみると、チャリで職場よりもちょっと行ったところだった。気になったので、晴れた休みの日に行ってみようと思ってペダルを漕いだ。ここ最近友人と遊ぶ予定も離れてしまったが故になく、オシャレをする機会もないのでなんとなくメイクをバッチリキメて、黄色のロングスカートにTシャツを着てみた。汗だくになりながら到着。調子に乗って缶入りのチョコを買ってしまった。あまりこの辺りには来たことがなかったのでしばし散策。色々なお店があったが、暑くてチョコが溶けそうだし帰ろう〜と思い帰路に着く。

あれ、なんか、雲行き怪しくない?

あんなに晴れていたのに気づけば空は雲に覆われていて、西の方に真っ黒な雲が漂っている。ヤバい、あれはヤバいやつ。すごい勢いでこっちに流れてきてる!!

そこで私は思い出した。晴れた休みの朝、絶好の洗濯日和だと思ったことを。濡れたTシャツの皺をたたいて伸ばしてハンガーにかけて、、干したことを。

うっわ、これは洗濯物が死ぬやつだ

そこから必死に自転車を漕いだ。空を見上げてヒヤヒヤしながら、信号待ちで見た雨雲レーダーは、私の地域がすっぽりと真っ赤に染められていた。ヤバいヤバい。

帰路を半分くらい過ぎた時、ポツリと雨粒が手に落ちてきた。降ってきた!!ポツリポツリとだんだん増える。いやでもあと5分くらいの位置だし、自分より洗濯物を救いたい!!!そう思ってチャリを漕ぎ、自宅まであと数分のところで信号に捕まった時にはまるで滝のような雨に打たれていた。完全にシャワー。なんなら大粒のシャワー。黄色のスカートはかなり濃い色になっているし、髪はお風呂に入っている時より濡れているかもしれない。道路を挟んで信号待ちをしている車の運転手からの視線が痛い。今なら泣いてもバレないのでは?というよりむしろかなり笑えてきた。なにこの状況。面白すぎるでしょ。

信号が青になった途端にスタートダッシュを決め、家に到着。駐輪場の屋根が聞いたことないくらいの音を奏でていた。エントランスをポタポタと水を滴らせて歩き、階段をピッチャピッチャ登る。こういう時のために玄関にタオルを置いておいた方がいいな、と思いながらダッシュで風呂場へ行き、簡単に拭いて部屋着になってから洗濯物をしまいにベランダへ。

これが本当にびっくりなんですけど、風向きとか屋根とかのおかげで、洗濯物、ほとんど濡れてなかった。むしろ濡れた私が取り込むので濡れた。これって奇跡じゃん、、、、?ていうかさっきの自己犠牲はなんだったんだ。その後は即本物のあたたかシャワーを浴びた。バッチリキメていたメイクは、全て雨に溶かされていた。なんとなく瞼がとろんとする。冷たい水に濡れると眠くなるのって何なんですかね、本能?わからないけど、とりあえず体を温めた。缶のチョコレートはかなり美味しかったので全てチャラにした。

 

翌日は夕飯のカレーに備えてお米を仕事帰りに買うミッションがあるにも関わらず、雨雲レーダーが帰宅時間に赤ゾーンを示していたのでヤバいヤバいと職場で一通り騒いだ。先輩達に応援されながら退勤即スーパー即米購入チャリ。行ける!と思った残り50mでポツリときた雨が一瞬で本降りになった。前日よりもポツリからのザーの間隔が短いなどといった謎の観測結果が得られたが、折りたたみ傘を持っていたので大惨事にはならなかった。

 

この2日間のおかげで、出かける前に雨雲レーダーを一通り見るようになった。雨降りそうだなと思って歩いて出かけた日ほど、雨は降らない。