クラゲを挟む

 

いつからだ?と思い返すと、明らかに4、5年前くらいから。本を読めなくなった。

それはちょうど大学院に入ったくらいの頃で、授業の課題の本、論文で書く本、それらの参考文献などなど、読まなくちゃいけない本が山積みになった頃。

冒頭で述べた、「本を読めなくなった」というのは、"娯楽としての" 本を読めなくなったということを意味している。研究のために読まなければいけない本が大幅に増えた。本屋さんにふらっと立ち寄ってあらすじを読んでそのまま買った本を読むのがとても好きだったが、そんな本を読んでいる暇があるなら、参考文献でも読みやがれ!と頭の中に住み着いていた教授が顔を顰めて叫んでいるような気がしていた。

大学院で読む本は「これを論じなければならない」という強迫観念がいつもページの隅に印刷されているようだった。ちょっとでも気になる表現には線を引き、調べ、ここの単語はあのことを仄めかしているのではないのか、など話の内容よりも細部に目を凝らしていた。それはそれで楽しかったのだが、純粋に楽しく本を読めなくなっていった。これを読まなきゃ、それで論じなきゃ。読まなければならない本も、大抵が日本でいう純文学というやつで、ヘビーな内容のものばかり。面白いけれど、読むのにも理解するのにも体力が必要だった。学生みんながそんな風に身を削りながら本を読んでいた。でも、それがやりたくて院に進んだのでしょう?と頭の中の教授が毎日笑顔で微笑みかけてきたが、私はすっかり研究としての文学に疲弊してしまい、研究の道を外れた。

 

研究の道を外れた途端に、娯楽としての本が解禁された。それでも、しばらく本を手に取れなかった。本を読む気になれなかった。もうなんでも読んでいいのに。好きなものが読めるのに。相変わらず本屋に行って直感的に本を買う習慣は続いていたが、読まれずにどんどんと本のタワーが建っていくばかり。なんで読めなくなってしまったんだろう。好きだったのに。姉にずっと借りていた本を手に取って、読み進めて、続きが気になるのに何故かキリがいいところでやめてしまう。最後まで読みきれない。もう頭の中の教授もいないのに。なんで?

好きだった食べ物がいきなりアレルギーになってしまったみたいだ。

このままは嫌だったし、何より何軒もある本のタワーもどうにかしたかったので、今年の目標に「本を読む」を入れた。月一で最低一冊。叶えられることなく、月日は進んでいった。

 

先日の鳥羽水族館への旅の折、お土産屋さんでふと目にあるものが入った。

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クラゲの栞だ。

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ステンドグラスのようになっていて、光にかざすと色が透ける。

クラゲよりもイルカが好きだし、鳥羽水族館のお土産ものとしてクラゲって、いないこともなかったけれどどうなんだ?などと思ったが、デザインがめちゃくちゃに気に入ってしまい、そのまま購入した。

これで本が読めるようになる、とかは特に期待していなかったけれど、まぁ何かきっかけになればくらいは思っていたかもしれない。

 

ある日のこと、そこそこ早い時間に仕事が終わったので寄り道でもして帰るか、と駅前の大きな本屋に寄った。ほしい漫画があったのだ。

何も考えずにフロアを上がる。到着した先でウロウロとするが、どこを見ても漫画は売っていない。漫画フロアは違う階だったようだ。そこは小説などが売っているフロア。家に積読タワーがある身なので、スルーをするつもりだった。

しかし、足が止まる。なぜか本屋にも本のタワーがあったからだ。全て同じ本がタワーのように積まれている。見ると、高校生の頃よく読んでいた有名な作家の最新作で、どうやら店員が整理していた途中のようだった。帯や装丁を読んで、心が惹かれた。できるだけ綺麗な本を選んで、レジへ持って行く。すると、レジの店員さんが「こちらのバージョンでよろしいですか?」と聞いてきた。質問の意味がよくわからず聞き返してしまったが、どうやら通常盤は昼の絵が表紙であるのに対して、書店限定盤は夜の絵が表紙なのだと言う。その店員さんが説明のために丁寧に持ってきてくれたので、せっかくだしと思い、夜の装丁のものを選んだ。

 

色々な偶然が重なった。新しい栞をたまたま買って、たまたま寄った本屋のフロアで、たまたま本の整理の途中のタワーが目に入った。そしてたまたま、買った翌週に体調を崩して動けなかった。手を伸ばしたのが、新しい夜の装丁のその本だった。

あっという間だった。

短い章が続いていたからかもしれない。あっという間に読み進めてしまった。ファンタジーと現実が織り交ぜられていてとても面白かったし、もしもあの本の通りなら、、と思い返して想像するのも楽しい。ネタバレになってしまうのであまり細かくは言えませんが!

久しぶりに、最後まで本を読めた。

前まではそれがなんてことないことだったのに、今回はとてもそれが嬉しい。

これからもたくさん読みたい本を読んでいきたい。本は面白いので。

 

〜今回読んだ本〜

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伊坂幸太郎『マイクロスパイ・アンサンブル』

物語の舞台の猪苗代湖に行ってみたくなった。