「実行しないと優しさは形になりません」
随分前に軽い気持ちでやったTwitterの診断で言われた言葉が未だに心の中に残っている
実行できる優しさって、本当に強いと思う
というのを久しぶりに思ったのは、駅の改札近くでダイヤのついた指輪が落ちているのを見かけたからだ
銀色のベースに5個くらいのダイヤが連なってついているもので、あ〜誰か落としちゃったんだなぁと思いながら通り過ぎた
少し離れてから、何年か前の大規模なイベントで大切な指輪を失くしてしまって探していた人のツイートが頭をよぎった
あの指輪も、誰かの大切なものだったら
結婚指輪とか、親の形見とか、初任給で買ったものとか
駅員さんに届けたり、せめて通路の端に寄せるなりすればよかったと思った時にはもう遅く、改札を出たあとだった
少し残る後悔
ここのところいつだってそうだ
電車で隣に座っている人の息が荒くて、体調が悪いのかなと思った瞬間にその人は降りていった
ホームでうずくまっているような姿を見て、あっと思った時にはドアが閉まる
知らない人を助ける勇気というものが私にはない
でも、一度だけ、人を助けてありがとうと言われたことがあった
高校生の時に拾った財布を交番に届けたのだ
雨の日に親が学校まで迎えに来て(なんでそんなことをされたのか全く覚えていないけど)、車に乗ろうとした時、道路と歩道の間の段差にヴィトンの財布が落ちているのを見つけた
財布、しかもヴィトン
拾って開けてみると3万円入っていた
きっと持ち主は焦っていることだろう
これは大変だと思い、母にお願いして交番に連れて行ってもらったけれど、パトロール中で不在
もっと地元に近い方の交番まで連れて行って降ろしてもらった
あちこち連れ回された母が不機嫌になっていたことを覚えている
交番の中でしばらく待たされていた時、壁中に貼られた色々な指名手配のポスターを見ては、事件の概要をリアルに想像してしまい、なんだかすごく怖くなってしまった
それ以来、交番はなんとなく怖いところと認識している
お巡りさんは私にどこで拾ったかということや私の連絡先を聞いて、もし持ち主が名乗りでなかった場合はどうなるか等を教えてくれた
今時名乗りでなかったからもらう人は少ないようで、そうなると中のお金は国庫に入るそうだ
なんとなくそう促されたので、それでいいですと伝えた
後からそれを聞いた母は「なんだそれ!人がいい事をしているのに!」と怒っていた
とまぁ車内で母に不機嫌になられ、交番では指名手配犯の存在に恐怖を覚え、帰ってきてから怒る母を見るという届けるまではあまりいい思い出ではないのだが、その後の出来事で全てが吹き飛んだ
持ち主が名乗り出たのだ
私が学校に行っている間に持ち主の人から連絡があった
なぜ持ち主の人からかというと、どうしてもお礼が言いたくてお巡りさんに連絡先を聞いたそうだ
そして、あの財布は娘さんが買ってくれた大切なもので、中身はこの際どうでもいいから財布だけでも見つかればと思っていたこと、でもどこを探してもないので、もうほとんど諦めていた時に見つかったことを伝えてくれた
母は「あの時正直もういいじゃんと思ってたけど、本当に良かったね、ごめんね」と言った
後日、持ち主の人からお礼が届いた
感謝の気持ちが込められた達筆なお手紙と、手作りの皮の小銭入れが入っていた
その二つは、今でも大切に持っている
持ち主の人は本当に嬉しかったと言っていたけれど、私も持ち主が見つかって、しかもこんなに感謝されて本当に嬉しかった
いい事ってするものだなぁと思った
あの時の気持ちは今も忘れていない
忘れていないのに、今はなぜか動けない
大人になってしまったからとか、きっとそういうことじゃなくて、咄嗟に想像ができなくなってしまったからなのかもしれない
指輪を探す持ち主、電車で体調が悪くなって焦る人
すぐに想像できるようになれば、ちゃんと動けたりしないかな
優しい人は、それを行動に移せる人
私もそうありたい
そんなことを思いながら、休日の夜は更けていった