素を彩って

 

今年の初めてのフットネイルは、ミカン色にした。去年はトマト色だったことはよく覚えている。夏が始まった日の夜に塗ったものだ。ポチったばかりのスポーツサンダルに備えて、気分を上げるために塗った朱色。そのサンダルは厚底で、色々な服に合わせやすくてかなり気に入っているけれど、運転は少ししづらい。以前の生活だったら思いつきもしないようなデメリットで、そんな不自由を感じる自分に少し驚く。あの頃から、生活がまるっと変わってしまったのだ。

でも、戻ってきた生活もある。コロナのことだ。マスクをしなくても良くなった。とはいえすっかりマスクをする生活に慣れてしまったので、解禁日から職場で一気に増えたノーマスク勢を前にすると、少しギョッとしてしまう。以前はそうやって生活していただろうに、私の中の危険センサーが少し反応してしまう。価値観が180度変えられてしまった気分だ。戻ってきたけれど、すでにすっかり変えられてしまった生活なのかもしれない。

マスクをしなくて良いとなると、これまでのメイクをどうするかという問題も浮上してくる。ここ数年、美容業界のトレンドは「マスクをしてもヨレない!落ちない!荒れない!」の三拍子で、それはもう各所で涙ぐましい企業努力が見受けられた。そういったコスメが行き交い騒ぐ市場とは裏腹に、私はマスクを言い訳にだんだんとメイクに手を抜くことを覚えていった。最初はファンデーションをしなくなり、せっかく買ったマスク落ちしないリップをつけなくなり、今ではアイメイクもほとんどしていない。といっても、しなくなったのは転勤してからのことだ。東京にいた頃は、職場と家の間に1時間ほどの通勤時間があり、人々が行き交う駅や商業施設があり、当たり前のようにメイクをしていた。しかし今では職場と家の距離は歩いても徒歩30分、チャリでは15分。仲のいい先輩もほとんどノーメイク。気づけば私もベースメイクと眉毛だけ描くくらいになっていた。だってどうせマスクしちゃうしなぁ。職場にちゃんとメイクしていってもなぁ。メイクって肌に良くないとかもいいますし、、、

元々メイクをすることは結構好き。他人のためではなく、自分のためにするメイクが好き。バッチリキメると、テンションがかなり上がる。色んな種類を試すのも楽しいし、シーズンごとの限定品に騒いだりもする。ただこちらにきてから、ちゃんとキメたいタイミングがめっきりと減ってしまった。職場のガールズとたまに遊ぶ時か、向こうの友達が数ヶ月に一回遊びに来る時くらいだ。それではあまりにも寂しいので、一人でどこか買い物に行くときにわざわざカラーメイクを仕込んだりしてみるけれど、こちらではかなり浮く。なんか目立ってる気がする。そうした日々で、私の中のメイク魂の火が弱まっていくのをボンヤリと感じていた。限定品もスルーばかり。

そんな矢先のマスク解禁。ちゃんとメイクしなきゃかなぁと思っているところに、あるブランドから新しいリップが発売されたと聞いた。そのブランドは、私が初めてデパートコスメのリップを買ったところだった。仲のいい友人がそのブランドで働いていて、お守りとして就活リップを買ったのだった。そのリップがかなりよかったのだが、使い切ってすぐにコロナ禍でマスクメイクになってしまったためリピートをしていなかった。

このタイミングで、そのブランドから新しいリップが出る。

なんとなく吸い寄せられるようにお店を調べ、仕事が早上がりの日に足を伸ばしてローカルな化粧品ショップへ向かった。

都会では売り切れ続出と聞いていたが、こちらでは予め目をつけていた数色はちゃんと残っていた。さすが!実際につけて試せるとのことだったので、4色選んでキラキラした鏡の前の椅子に座り、ちょっとずつブラシにとってもらった色を唇にのせてみる。

一番気になっていたピンクっぽい色は、なんとなく色だけが浮いてしまい違和感があった。次の明るい朱色は似合っているけれど、ほぼすっぴんの顔では少し浮いて見えるし、似た色を持っている気がする。赤っぽいブラウンは一気に大人っぽく見えてビックリした。まぁもう立派な大人なのですが、、、、最後に試したローズ色はのせた瞬間、その色の良さがあからさまに死んでゆくのを感じて笑ってしまった。店員さんも「うーーーん!2番目か3番目に試したのを推したいです!」と渋そうな顔をしていたのでまた笑ってしまう。3番目に試したブラウンをもう一度塗った途端に、顔の全体の雰囲気が生き返ってリップの色も生き生きとした気がしたので、この色に決めた。Playbackという色。名前もいいわね。

「こうやって試せるようになったの本当に最近なので、よかったです!」と店員さんが笑う。確かに試せていなかったら、色の良さを無にするものを選んでいたかもしれない。よかったよかった。

帰ってから、出かける予定もないのにファンデーションを仕込み、お気に入りのアイシャドウパレットの色たちをまぶたにのせた。さっき受け取った紙袋から、小さい箱を取り出して開ける。赤くて四角いキャップをあけ、綺麗な流線型のリップをくり出す。鏡を見ながらそっと塗る。

かなりいい、、、、!さっき試した時よりもめちゃくちゃにいい、、、、!もはや私のための色では、、、?!

一気に嬉しくなる。そうだ、私、この瞬間がすごい好きだった。わー、忘れてた。鏡に向かって意味もなく繰り返し微笑む。

メイク、たっのし〜〜、、、、

新しく買ったコスメを、まるでやっと手に入れた宝物みたいに思える感覚。久しぶりの感覚に心を躍らせて、明日はちゃんとメイクをして出勤しようかなぁなんて思いながら、ニコニコと眠りについた。

 

 

翌日。大寝坊をかまし、全てを諦めていつもの最低限メイクをしてチャリを爆走させたのは、また別のお話。